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あの日のこと。2
・・・書けなかった。
打ち込んでは消し、打ち込んでは消し。
7月6日13時半以降のことが。
続きがまったく書けなかった。
記憶が抜け落ちないように。
不確かにならないように。
自戒を込めて。残したかったのだけど。


まだ早すぎたみたい。


結局、あっという間に恵里は旅立った。
家で
いつもの部屋で
いつもの布団の上で
この世で最後の空気を深く吸い込み
長く吐き出し。


「目指せ、家族で看取り」


果たせなかった。いつも口にしていた願い。

救急車が到着したときにはすでに呼吸がなく、気休めのように泣きながら胸骨圧迫をするくらいしかできなかった。

迷っていた。
延命目的で挿管してもらおうかどうか。
どんなかたちでも
意識が戻らなくても
側にいて欲しい

でも救急車の中で心臓マッサージを受けてるうちに、呼吸もなく意識もなく吐き戻す恵里を見て、だいぶ痩せて細くなってしまった白い腕を見たら。


もうゆっくり休んで欲しい。
これ以上、頑張れなんて言えない。

と思った。


間違っていたかもしれない。
可能性の有無ではなく、挿管するべきという意見もあるのは充分わかってる。
えりたんがそのとき何を望んでいたのか。
残念だけど、悔しいけどあたしにはわからない。



「生きたい!!どんなカタチでも!!」
「私はもう充分頑張った。もう休ませて欲しい」



・・・どっち?それともこたえはもっと違うところにあるんだろうか。



えりたんは、3歳~4歳の頃が一番調子が良かった。
ゆっくりでマイペースな彼女なりに一番輝いていた。
一緒にどこでも出かけた。

5歳を間近に控えて体力的に厳しくなってしまったえりたん。
それでもいなくなるなんてことは考えてなかった。
ゆっくり体重を増やして、ゆっくり元気になると信じていた。



でも・・・4月から5月にかけて。
深く考えたわけでもなく、通園の継続申請を断わった。
いくらでも機会はあったのに、ETC障害者割引の更新手続をしなかった。
いつもは早めに済ませる、オムツの費用負担のための2ヵ月ごとの見積もりを取らなかった。
粉ミルクの安売りのチラシを見て、まだ少し余裕はあるけど買っておこうと思いつつも結局買いに行かなかった。



あたしは何か思うことがあったんだろうか。
それとも気付いてなかっただけで、どこかで諦めてしまっていたんだろうか。
だとしたら・・・とんでもない母親だ。



遺影になってしまった4歳のえりたんが、微笑んでいる。
救急車のサイレンが近くで聞こえるたびに激しくなる動悸。
病院に近づくと痛くなる心臓。



毎日なるべく普通に過ごしてはいるけれど。
今も息苦しいほど会いたい。
あの聡い目が恋しい。
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【2012/08/06 10:03 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
夏の終わり。
暑い暑い夏。
でもお盆を過ぎる頃から朝晩の風がかなり涼しくなってきた。
日中は相変わらず30℃を超えているけれど。



この夏、みんみんは小学校に入って初めて「夏休み」を体験した。
6時半からのラジオ体操
地区のお兄さん、お姉さんに混じっての学校のプール
絵日記とサマースキルの宿題
朝顔の観察
地区のお祭りと地域の大きいお祭り
どれも張り切ってこなした。
自転車の補助輪を取る!と目標を立てていたけれど、拍子抜けするくらい簡単に外し、乗りこなすようになった。
パパと市営プールにも行った。4人で祖父母の家に2泊した。
日帰りだったけれど、おっきいおばちゃん(曾祖母)と、みーおばちゃん(祖母の妹)にも会いに行った。
毎日、暗くなるまで近所のお友達と遊び続けた。




えりたんがいないのは寂しいけれど、えりたんがいるから我慢したことを沢山させてやろうと思った。
それでもどうしてもえりたんと一緒だと無理なことは・・家族みんなでプールにいったり温泉に入ることくらいで。しかも6ヶ月のまりたんがいるのでやっぱり多少の制限はあった。




楽しかったけれど、やっぱり寂しくて、明らかに足りなかった。
「子供が一人足りない」
自宅近くから、8月いっぱい毎日あがる15分間の花火を見ていたら。
「お母さん、えりたんも花火見てるよ。一緒に見てるよ」
とみんみんが可愛くて切ないことを言った。




みんみんは元気だ。
それでも疲れたり何かスイッチが入ると「えりたんがいない」と泣いたので、抱きしめて「お母さんも寂しいよ」と寄り添いながらも、「自分が疲れて頑張れなくなったのをえりたんのせいにするのはやめなさい」と2度叱った。
保育園の年中と年長の時の担任の先生がえりたんに可愛いお花を持ってきてくれた。みんみんは、


「おはなをありがとうございました。えりたんがしんじゃってさみしいけれど、がんばります」

とお礼状を書いて保育園に持っていった。
義理の母が「えりたんが夢に出てきた。私がもっと何かしてあげられたのにできなかったから怒ってるのかな・・」と涙目で言ったので、「違うよ。会いたくて出てきたんだよ。怒るなんて、えりたんはそんな子じゃないよ」と言ったら、涙目で「そうだよね、ごめんね」と笑った。義理の両親には本当に感謝している。生まれる前は葛藤もあったろうに、すぐに「孫命!」に変身して丸ごとえりたんを受け入れてくれた。本当に感謝している。





お盆明けの次の週。
四十九日だった。でも葬儀のときに法要は済んでいるので(いまいち仕組みがわからんが)とりたてて大きな事はしなかった。静かだった。小さめのシンプルなモダン位牌を仕立て、魂入れをしてもらった。どうやら、本当にえりたんは空に引っ越したらしい。お骨は・・一緒にいる。ご住職が、「お子さんを簡単に手放すのは到底無理なこと。気が済むまでそばにおいて過ごしていいんですよ」と言ってくれたので。
でもやっぱり白い四角い箱に納まったえりたんの抜け殻は、愛しいけれど生前の愛しさとはカタチもイロも違う。
四十九日って・・・少しずつ、諦めて納得していかなきゃいけない時期のことだと思った。




暑いなあ・・。
【2012/08/30 01:05 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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