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久しぶり・・・本当に久しぶり。
みんな元気です。 みんみんは小学校3年生。昨年秋から始めたソフトボールに夢中。 毎週土日は4時間みっちり練習。最近は交流、公式試合がいくつかあって、試合に出る喜び、難しさを噛みしめる毎日。あたしもまーたんも一緒になって走り回り、すでに日焼けで真っ黒。 想像のできなかった日々。 まーたんは来年保育園。みんみんの影響で、可愛らしい幼児番組よりも「クレヨンしんちゃん」や「ドラえもん」、「妖怪ウォッチ」が好き。今日も朝から「おしりプリップリー」とクネクネしていた。今は「妖怪体操第一」のようなものを口ずさんでいる。 夏にはオムツはずしたいなあ・・本人全くその気なしだけど。 えりたんは、常にみんながいるリビングに居場所を移した。一番最初に陽が入る場所。7月6日でちょうど2年。三回忌を迎える。 先週、えりたんが使っていたバギーをこども病院に寄付した。 迷って迷って、やっぱり手元に置いておきたくて、でも必要とする誰かに「大丈夫、みんなついてるよ」の気持ちを盛り込んで使ってもらったほうがいい気もして。やっぱり迷って迷って、2年間迷い続けて、やっと担当看護師さんだった降旗さんに相談させてもらって、子供病院のリハビリ室で使ってもらうことになった。 数年ぶりに行ったこども病院は、相変わらず病院臭くなくて明るくて・・。何かしらの病気と闘う明るい笑顔の子供たちであふれていた。忙しそうだった。でもとても丁寧に対応していた。 懐かしいような寂しいような複雑な気持ち。事務局の方に説明書と、結局一度も使わなかった注入用のバーを添えて、あっさりと引き渡しは終わった。なんか寂しくて悲しくて、でもホッとして見えなくなるまで見送った。翌日、丁寧なお礼状が届いた。「大切に使わせていただきます」の文字が嬉しかった。 このブログを始めて、「えりたんがいることが日常」になって、たくさんの人に出会えた。 優しい言葉や温かい言葉をたくさんもらい、温かい涙も流してもらった。そして、このブログを見て勇気をもらったと言ってくださった方にも出会えた。こんな独り言ブログに。皆さんの力を借りなければ、あそこまで楽しくえりたんと過ごすことはできなかったと思う。 えりたんが生まれてから今まで、この7年で18トリソミーを取り巻く環境はずいぶん変わったと思う。認知度も医療側の受け取り方も。少し羨ましい気もするけれど、いままでの環境でもあたしはえりたんと過ごして楽しかった。 これいじょうこのブログを続けても、あたしはバカの一つ覚えのように「えりたんに会いたい」と「えりたんが愛おしくてしかたない」としか書けないと思う。ここはえりたんが主役の場所だったから。えりたんのことを思い切り自慢したり素直に気持ちを出せる場所だったから。 なので、ここでこのブログはおしまいです。 たくさんの愛情をありがとうございました。 たくさんのことを教えてくださってありがとうございました。 どうか明日も晴れますように。 たとえ厳しい雨が続いても、その先には希望にあふれた陽が差しますように。 スポンサーサイト
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連日の30℃越え。
避暑地のはずなのに、避暑地じゃなくなってるらしい。 それでも毎日猛暑日を更新する地域もあるんだから、30℃くらいで文句を言ってはいけないのかもしれない。 この暑さはえりたんにとっては厳しかっただろうな。 寒さには割と強かったけど、暑さと気圧の低下にはめっぽう弱かったから。 えりたんのいない2度目の夏。 4人家族の夏。 今、「4にん」とうって変換したら「4忍」とでた。 4人で忍者か、4人で忍か。 今年は、パパの実家で2泊したり、日帰りで木曽に行ったり。花火をしたりご近所会を開いたり。 みんみんは学校のプール解放にラジオ体操、頑張ってほとんど参加した。宿題、ミニトマトの観察、毎日夕方から19時まで近所の友達と飛び回った。パパとプールにも行ったし、山梨県の尾白川の公園にも行って、 なぜか放置していた下書きが公開になっていた。・・・ショッキング。 そう、尾白川の公園に行って一日中遊び倒したり。家族一丸となって頑張った。暑くてだるくて怠けたい気持ちは山積みだけど、みんみんの「行きたい」「やりたい」を聞くと、「えりたんの分まで」と思ってしまう自分がいる。そしたらちょっとヘロヘロになった。ご飯が食べれなくて体力が落ちてダルさ倍増。夏バテだな。それでも頑張って食べれる分だけでもと頑張ってあっちゅー間に元に戻った。恐るべし中年パワー。 そして今。 みんみんはまた頑張って2.5kmの道のりを毎朝歩いて登校している。プール授業も終わり、いよいよ運動会の練習が始まった。小さな戦士、頑張れ! まーたんは、昨日できなかったことが今日はできる、そんな成長著しいお年頃。先日は階段から落ちそうになって、慌てたあたしが階段から落ちた。 夏ももう終わるのか。 こうやって季節を、時を重ねていくのか。 当たり前だけど。 なんだか取り留めのない日常。 |
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1年ってこんなに早かったっけ。
1年ってこんなに遅かったっけ。 7月6日、あの日と同じような天気で。 「なんだかなあ」と。 1年経って・・・結局何も変わっていない。 まーたんは1歳4か月になってヨタヨタ歩き、言葉らしいことを発するようになったし、 みんみんは2年生にってすっかり体も大きくなった。生意気な口のきき方はグレードアップした。 パパは相変わらず。仕事に勤しみ、家族のために頑張ってくれている。 あたしは・・・あたしは・・・あまり変わっていない。腹回りの贅肉がグレードアップしたことと、少しだけ行動範囲が広がった。 えりたんがいないのが悔しくて寂しくて悲しくて。 そんな感情に蓋をするように忙しいふりをしてきた。 まったく後ろ向きな話だけど。 まーたんを見てて思う。 子供って1年ちょっとで歩くんだ。 感情をちゃんとみんなに伝わるように表現できるんだ。 自分でスプーン使ってご飯食べるんだ。 何しろみんみんと6歳離れてるものだから・・・ えりたんに全力投球だったものだから・・・ 狂おしいほどにもう一度えりたんが欲しい。 そんな駄々っ子のようなことを思う時がある。 それは18トリソミーの子が、というんじゃなくて。 健康なえりたん、でもなくて。 あたしは18トリソミーのえりたんしか知らない。 だから「18トリソミーのえりたん」じゃないとダメなんだ。 まるで駄々っ子。 一応、お斎風にお刺身、野菜のてんぷら、ひじきの煮物、茶わん蒸しを用意してみた。 ケーキとかいらないのかな・・誕生日じゃないか。とかとんちんかんなことで悩んだりしてみた。 友人がお線香をあげに来てくれたり、温かいメッセージやお手紙、お花をたくさんもらった。 この一年で、えりたんの使っていたものや着ていたものはほとんど姿を消した。 施設に使ってもらおうとしまいこんだバギーと座位保持のための簡易椅子くらいは残っている。 あ、カニュラとバギングのセットもか。なぜかマーゲンチューブが2本。少しだけあるシリンジはまーたんが薬を飲むときに使ってる。 今年の七夕は久々の晴れだったらしい。 こっちは星もあまり見えなかったらしい。みんみんが教えてくれた。 あたしは空を見上げることさえしなかった。 短冊に「えりたんに会いたい」と普通に書いてしまいそうで。 結局、1年経って思ったことは。 「なんだ、やっぱりえりたんは帰ってこないのか」 という実感だけだった。 |
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5月15日は、えりたんの誕生日。
えりたんが空に還ってから初めての誕生日。 今までは、4日違いのあたしの誕生日と合同で、一番近いパパのお休みの日に誕生日会としてホールのケーキを買って少しだけいつもより豪華な夕飯を食べてた。 今年は・・・何もしなかった。 近所のスーパーに夕飯の買い物に行って、2個セットのイチゴのショートケーキをかなり迷って買って。夕飯の後、家にあった小さなろうそくを1本だけ立ててみんみんに吹き消してもらった。 「えりたんとあたしのお誕生日でーす!」と大きなケーキを買っても、夕飯を外食でおねだりしてもよかったんだろうけど。 えりたんはもういないのに すごく頑張って限られた人生を生き抜いて天使になったのに 「生きていたら6歳だね♪」 っていうのはなんか「あなたはどうしていなくなってしまったの?」とえりたんに言っているようで。 あたしの中ではえりたんは永遠の5歳なんだと思う。あの可愛いままのえりたんなんだと思う。 かと言って「あたしの誕生日会でーす!」と自分でケーキを買ったり高級和牛を買う勇気も度胸も持ち合わせていなくて。何より「えりたんがいないからあたしだけの誕生日会」ってのも・・・ でも、あたしの誕生日当日には近所のママ友が「かよぞうさん、誕生日でしょ?みんみんとまーたんと一緒に遊びにおいで♪」と誘ってくれて、なんと夕飯にはカレーを作ってくれて一緒に食べた。「あたしだけのお誕生日のお祝い」をしてくれて嬉しかった。いい歳なのに・・・。 ごめんね、えりたんは大きなケーキでお祝いしてほしかったのかな。 7月6日には天使1歳。これはこれでNEOえりたん誕生日なのかな・・・いや、違うか。 よくわからんな・・・ ってか会いたいな。 |
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いつの間にか桜が散っていた。
最近まで「そろそろかなあ~」なんて言ってたのに。 おまけに昨日は雪が降った。 4月20日過ぎに、雪が積もった。 ・・・わけわからん。 散り始めの桜の上に雪が積もってる。 4月になって、みんみんは2年生になった。 2km以上ある道のりを頑張って歩いている。 鬼母は滅多な事では送って行ったりしない。 先日、「○○公園に春を探しに行きます。長い道のりを歩くので、体調を崩さないように、当日は水筒を持たせてください」とお便りが入っていた。○○公園は家から徒歩5分。 学校に行き、1時間もしないうちに公園に向かい、また学校に戻り授業を受けて帰宅。 家と学校を2往復。毎日履きなれた靴に水筒を持って来いてことか?通学が遠足。 でも、体力がついたのか、この冬は大きく体調を崩すことがなかった。 やはり若いうちの苦労は買ってでもするものなのか? 家庭訪問、参観日も終わった。 みんみんのクラスに13トリソミーの娘ちゃんのママがいる。 保育園から一緒で、精神的にもとても助けられた。 Hちゃんは9歳になる。妹のRちゃんは少し怖がりだけど、13トリソミーのお姉ちゃんが大好きな優しい子。ママは、とても2人を大事にしていて、温かい人。 えりたんとの別れをおいおいと泣いて、今でも「えりたんに会いに行っていい?」と言ってくれる。 「お線香を上げさせて・・」ではなく、「遊びに行ってもいい?」でもなく、「えりたんに会いに行ってもいい?」と言ってくれる。人柄がわかる。 そんなHちゃん、Rちゃんママに家に残っていた、大量のネルコアのセンサーとシリンジ、注入ボトル、シルキーポアなどなど細々と使ってもらえないかとお願いしてお渡しした。とても喜んでくれた。 Hちゃんは、心疾患がないため小慢が受けられない。うちもシリンジや注入ボトルやカテーテル類は自費購入だったけど、センサーはレンタルのせいか月1回支給された。Hちゃんの家はセンサーも自費購入。昨年あたしが言うまで、市からおむつの支給が受けられることも知らなかった。5年間棒に振った・・と絶句していた。 「あたしってば何も知らないなあ・・・」とつぶやいていた。 あたしは、えりたんの在宅が決まってから、いろいろなことを図々しく訪問看護師さんや、地域連携室に聞きまくり、ブロ友さんに教えてもらったり、福祉課や障碍者支援施設に聞きまくった。時には「何しに来たんですか?」みたいなことをオブラートに包んで言われたこともある。受けられる支援や制度は全部把握したかった。不安だったから。 でもそうしなきゃ待ってても病院も市役所も教えてくれないことがたくさんある。 障碍者、高齢者に対する支援は市報をはじめいろんなところで情報が発信されてる。 でも障害児に関することはまったく載っていない。「これは障害児にも適用されますか?」とこちらから聞かないと。そして聞いても「えーーーっと・・・」とすぐには答えがもらえなかったりもする。 この社会はみんな平等に優しいですか? 福祉の充実に「日本の未来を支えられるかどうかわからない子供」は入らないですか? |
